インプットとアウトプットは表裏一体、経験値をためて情報収集をしよう

インプットとアウトプットは表裏一体、経験値をためて情報収集をしよう生き方・考え方
さこっしー
さこっしー

こんにちは、さこっしーです。

世間では、考え続けるという意味の『考え抜く』という言葉が『粘り強さ』という意味合いで、どちらかというといい意味で使われることが多いと感じます。

ですが『考えるのをいったん止めて情報収集する』方が、ずっと効率的だったりします。

数学の問題でも、わからないまま自力で解こうと『考え抜く』より、わからなかったら一旦解答・解説を見てから解法を理解して、それをそのまま覚えてしまうという勉強法の方が効果的だったりします。

ここで『情報収集』について考えてみました。

『情報収集』というと、普通は本を読んだりネットで調べたり人に訊いたりといったように『インプットとしての行動』を指すような印象があります。

でも、実際のところ考えても答えが出なくて『まあいっか、とにかく行動』と見切り発車で始めてみたら、結果うまくいったということもありますね。

実は『アウトプットとしての行動』一見情報を入れていないように見える行動も、立派な『情報収集』になるということもポイントです。

『行動』というものを行えば、それがインプットだろうとアウトプットだろうと関係なく、その『行動』を通して何らかの『経験』を受け取ることになります。

人がする『経験』には、膨大な情報が含まれます。

つまり、どちらも情報をインプットするという点では、変わらないのです。

スポンサーリンク

経験は、情報量として『文字情報』よりも膨大


本を読めば、そこに書かれている『言葉・文章の情報』『経験』として脳の中に取り込まれます。

本を読む代わりに、何らかの『行動』を起こしてみたら、文字としての情報はないかもしれませんが、『経験』から必ず何らかの『情報』が脳内に取り込まれます。

『文字情報』は言葉というツールに変換された情報なので、顕在意識で理論的に体系的に理解するのには役立ちます。

ですが、言葉に変換すると、本来の情報量が大きく削り取られてしまうというデメリットもあります。 

抽象度の高い思考が出来る人なら、文字情報からその背景も取り込むことはできますが、それに慣れていない人は、言葉の表現する表面的な意味だけを受け取る恐れもあります。 

逆に『行動』による経験は、感覚的な理解になりますが、情報量としては『文字情報』よりも膨大なものを得られます。

情報をとりいれても、行動してもインプットになる


『考え抜く』という言葉のイメージで考えると、本を読んだりして『文字情報』中心のインプットをする人の方が、理知的で頭を使っているように思われますが、『考えるよりも行動』という人も、頭を使っているという点では変わらないということですね。

どちらも一長一短で、それぞれ人によって得意不得意もあると思います。

どちらかに偏らず、バランスよく鍛えるのも大事かなと思います。

理論的な人ほど、煮詰まったら見切り発車で行動に移してみるとか、感覚的な人ほど、じっくり本を読む習慣をもつとかですね。

コメント