真理とは唯一絶対のものだけど、探究してもたどり着けない

真理とは唯一絶対のもの生き方・考え方
さこっしー
さこっしー

こんにちは、さこっしーです。

この世界、宇宙の中で絶対的な真理は一つです。

それは、自然の摂理、宇宙の法則、唯一絶対の神、ソース、大いなる意志など、いろいろな言葉で表現できるものです。

成功哲学や自己啓発プログラム、そして宗教や哲学理論。

真理を探究しようという方法論は、数多くありますが、どれも『人の自我』が創り出したものである以上、完璧なものにはなり得ません。

僕が語る言葉も、あくまで僕がわずかに垣間見た『真理』を、僕なりの『解釈』で、ブログという
メディアで表現しているのに過ぎません。


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真理とは唯一絶対だけど、探究してもたどり着けない


近年は、人類、つまり自我や理性といった意識の進化、進歩によって、かなり完成度の高い理論が
いくつもありますし、書籍にもなって、手軽にそれらの考えに触れることが出来ます。

『完成度が高い』とは、多くの人の自我や理性のレベルで理解を得られやすいという意味です。

そして、それぞれの理論が、異なった視点から一つの同じ真理を表現しようとしています。

なので、いま、この時代に生きているのは、非常に喜ばしいことだと思います。

真理への道を自由に選べるということだからです。

一つのメソッドが、万人に合うことはあり得ません。

こういったメソッドが数少なかった時代は、そういうことが理解されていなかったため、宗教戦争など、多くの悲劇が生まれました。

現代でも、宗教やメソッド、方法論への『執着』にとらわれる人は、まだいます。




自分とは違った価値観の許容・受容が必要だと、そろそろみんなが気づいてもいい頃です。

一つのメソッドだけで『真理』に近づくよりも、いろいろなメソッドに触れた方が、多角的な視点で、より『真理』に近づけるのです。

聖書の中のこのたとえ話は、仏教的には、こういう表現になって、それと同じことを論語ではこのように表現しており、成功哲学的に言えばこうなるといったように、幅広い視点をもつことができれば、同じことの理解もより深まるのです。


より多くの人や多くのメソッドに触れることが大事


メソッドを一つに統一する必要はありません。

多様性は、自我にとって必要なこと。

人生は自我とともに歩むものなので、生きるために『多様性』は必要なのです。

自分の殻を破って世界を広げ、その多様性の広がりの中から、自分の自我に合ったものを自由に選べばいいのです。

より多くの人、多くのメソッドに触れることが大事です。

そして、その一つひとつが、それ一つだけで『正解』であると考えないことです。

宗教やメソッドは『唯一絶対の真理』を表現するためのものですが、どうやっても『真理そのもの』にはなり得ないのです。

多くの人、メソッドに触れるためには、この物質社会の中では必然的に、物質的な富・豊かさを
もつ必要もあります。

精神的な幸福・物質的な充足を、分断して考えるような時代はもう終わっています。

何かを批判・否定する分断思考をやめてみましょう。

分断思考を次々と生み出す、自我の習性を『いまここ』ではっきりと自覚しましょう。

自我を縛りつけるものは、自我という存在だけです。

自分以外に、自分を縛りつけるものなど、この世界には存在しないのです。


自分も自然の一部であるということを自覚しよう


『分断思考』は、自我のもつ本質的なカルマですが、人間が自我を与えられている意味というものを考えてみる必要があります。

人間以外のすべての生命が、当たり前にそうであるように、自我が与えられる前の赤子・幼児期に
知っていた自然と一体化した感覚。

自分も自然の一部であるということを自我をもって自覚すること。

それが『目覚めて生きる』ということです。

人類はもう、すでにそういう意識の進化の最先端まで来ているのです。

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